『笑い』という名の万能薬

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”笑いの力”によって長年苦しめられた病から奇跡的な回復を遂げた。

”笑い”は『生きたい』という意志を活性化するためのツールの一つである。

『笑いと治癒力』ノーマン・カズンズ
カズンズは1日の大半を映画やテレビ、本を見て、笑うことに治療の大部分を費やしたその結果、頭の中に思い描くイメージが変化し、笑いによって整理状態も劇的に変化した。それに続いて、肉体的な変化も起こってきたのである。よく眠れるようになり、痛みも軽減され、身体全体の調子が良くなっていった。
当初、医者の1人は、カズンズが回復する可能性は500分の1だと言っていたにもかかわらず、最終的に、彼は完全に病気から解放された。カズンズは最後にこう言っている。『たとえば回復の見込みはほとんどなくても、人間の心と身体の再生力を決して軽視してはいけないことを、私は身をもって学んだ。生命の持つ力は、解明されていないことが多い』

人間は気分のいい時に微笑み、楽しい時に笑うわけではない。

むしろ、微笑みや笑いは、気分を良くするためのスイッチだ。

笑いによって脳への血流が増え、酸素がたっぷり補給されることで気分も良くなるのだ。
表情も効果的である。たとえば、恐怖、怒り、嫌悪、驚きを示す表情をつくると、
それに伴って感情が変化してくるのである。

表情が感情をつくる!?感情が表情をつくる!?

顔には80の筋肉があり、止血帯のような働きをしている。
身体に大きな変化が起きた時は、血流を安定させたり、脳に血流を供給してその働きを助けたりする。
『自分の中で何らかの感情が湧くと、顔にあらわれるものです。ところが逆も真なりで、意識的に表情をつくると・・・たとえば、つらくても笑っていると、心の中ではそれほど苦しみまずにすみますし、悲しげな顔をしていると、心まで悲しくなってくるのです』

さらに同じ原理で、嘘発見器を騙すこともできるという。
真実を言っている時と同じ生理状態をつくれば、たとえ嘘をついたとしても嘘発見器は本当だと判断する。

〜ポール・イークマン博士 カリフォルニア大学 精神医学教授〜

【HERO】

ノーマン・カズンズ(Norman Cousins、1915年6月24日 – 1990年11月30日)は、 アメリカ合衆国ニュージャージー州ユニオンシティ生まれのジャーナリスト、作家。 広島市特別名誉市民。ユニオンヒル・ハイスクール、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジを卒業。 1934年、『ニューヨーク・イブニング・ポスト』(現ニューヨーク・ポスト)紙に就職。 1942年から1947年まで評論誌『サタデー・レビュー』の編集長を務める(この時期に同誌は、2万部から65万部まで発行部数を伸ばした)。 1949年、広島を訪れ、広島市への原子爆弾投下の惨状を視察。広島戦災児育成所の原爆孤児たちに強い衝撃を受け、帰国後にルポルタージュ「4年後のヒロシマ」を発表する。 これを契機にして、日本基督教団広島流川教会の牧師、谷本清らとともに「精神養子運動」(原爆孤児たちの育成のため、米国人が彼らを精神的な養子とし、精神的な親が年額20ドルの養育費を送るというもの)を開始。400名以上の孤児に対する支援を実施する。 また、原爆によってケロイドを負った若い女性たち(いわゆる「原爆乙女」)への義援金を募るため、谷本牧師とその家族をテレビの対面番組『This is Your Life』に出演させ、原爆を投下したB-29エノラ・ゲイ号の副機長だったロバート・A・ルイスと対面させた。この番組の大反響により5万ドルの寄付金が集まり、これにより1955年に原爆乙女25名が米国ニューヨーク市のマウントサイナイ病院において治療を受けることとなった。 1956年、原爆乙女の渡米治療や精神養子運動に尽くしたお礼として広島市が油絵1点を寄贈。 1964年、広島市特別名誉市民の称号を受ける。 『サタデー・レビュー』の編集長を引退した後は、カリフォルニア大学医学部大脳研究所教授として、生物学や医療ジャーナリズムを講義。核兵器廃絶運動や環境汚染への反対運動などでも活躍した。 1987年第1回谷本清平和賞受賞。 1990年11月30日、ロサンゼルスにて心臓麻痺で死去。 2003年、広島県の平和記念公園にノーマン・カズンズ記念碑が建立された。 〜Wikipedia引用〜


何が言いたかったかをまとめると

自分の意思や行動 

細かく言えば 

表情 動作 振る舞いなどで

何でも変えれるんじゃないかって

少なくともこうやって 変えた人たちから学べることは計り知れず 大きい

『笑』

laugh👍

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